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31年ぶり!涙の登板!

1969年、球界を揺るがした「黒い霧事件」 31年間、永久追放の見せしめ処分を下されてしまった「悲運のエース・池永正明」の話です。

池永という選手 下関商業時から怪物ぶりは有名で、西鉄入団から5年99勝(追放された6年目は4勝・通算103勝) 追放されなければ300勝といわれた大投手でした。 また打者としても秀逸で、日ハム大谷選手の二刀流で沸くプロ野球ですが、 当時DH制度のないパ・リーグで、池永氏は投手として13本の本塁打を打っており、 今と同じような概念があれば、大谷選手と同様に二刀流として注目されたかもしれません。

池永の復権とマスターズリーグ 2005年、35年ぶりに日本野球機構に復権を果たすのですが、 これには、少なからずマスターズリーグが影響を与えたと自負しております。

2001年マスターズリーグ開幕元年の12月25日の福岡ドームでの福岡対名古屋戦、先発マウンドに池永氏を起用したのです。 これは全国野球振興会主体のマスターズリーグだから実現できた事で、当時はその登板はどのメディアでも取り上げられ、ファンがバス10台で下関から応援にかけつける歴史的な舞台でした。

現役時代は大胆不敵な投法で功名を立ててきた池永氏。 しかし31年ぶりのブランクからか緊張と不安で落ち着けない様子で、 試合開始まで2時間以上あるというのに、ブルペンで投球練習を開始しました。

「昔は80球以上投げて調整したから」

と現役時代さながらの念の入りようなのですが、 球を受けていた、ドカベンこと香川氏も、 「こんなに投げたら、本番までもたないですよ!」 と案じるばかりで、 私も「大丈夫ですか?」と声をかけたのですが、 池永氏は投球内容が意に介さないのか、黙々と投げ続けていたのです。 時を超え、現役時代に戻った池永投手を垣間見れた貴重な姿でした。

登板した結果は、 “3回ノーヒット無失点” スタンドは大喝采の中、涙の光景が広がっていったのです。

歴史的な舞台をマスターズリーグで実現し、 池永氏の復権に貢献できたことを、誇りに思っております。

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